【カレッジを終えて】想像以上の夏休みでした|生本香澄

こんなことができたらいいな、と薄ぼんやり感じていたことが「大人の自由研究」でした。
社会人になって働くようになってからも、知りたいと思うことについて好きに研究したいし、わからないことはわからないと言って聞きたいし、もやもやすることは解決しなくても言葉にして外に出したいし、ゴールや目的はなくても好奇心のままに追求してみたいと思っていました。

 

同じような気持ちを持っている人はいるのではないかと思ってクルミド大学の設立と同時に呼びかけてみたところ、12名の大人たちが集まり1年間の夏休みを一緒に過ごすことになりました。

 

 

クルミド大学の特長でもある「先生はいない」「教わる場所ではなく自ら学ぶ場所」の通り、毎回のカレッジはほとんど何も決まっていないところから始まりました。
興味のあることや自分の研究に重なりそうなトピックについて話したり、どのように自由研究を進めて完成させていくか議論したり。
毎回毎回が手さぐりしながら過ごす時間で、その場に流れるエネルギーのままに形が変わっていった気がします。
個人的には「カレッジマスター」という名詞が少しだけ肩にのしかかっていましたが、別に私は教える人でも(教えられるようなことがある訳でも)ないので、どこまでも「率先して学んでいく人」として場におりました。

 

カレッジ生のみなさんは、ご自身の経験から場の進め方を提案してくれる人もいれば、他の人の意見を聴いて共感しながら安心できる場にしてくれる人も、率先して自分の興味のある分野の研究内容を共有してくれる人も、問いを発して話す場を開いてくれる人も、ほぼ毎回必ず来てその場に居てくれる人もいて、お一人おひとりのそれぞれの関わり方で場を育んでくれました。
共通して、真剣に自由に学んでいこうとする姿勢を持ってお互いを尊重しながら場を大切にしてくださったと心から感じています。
お一人おひとりがいたおかげでこの1年間の夏休みがはじまり、温かくも刺激ある時間が流れ、無事に終えられたと思います。
一緒に夏休みを過ごしてくださり、本当にありがとうございました。

 

2日にわたって各自の自由研究を発表しましたが、もう、ただただ感動してしまいました。
分野もテーマもまとめ方もバラバラですが、どの研究も共通してその人の真剣な姿勢が反映された研究成果で、内容自体もどれもとても面白く、問いや興味が次々と浮かんできました。
大人が真剣に、好奇心のおもむくままに学び、好きなように自由に形にして知識や発見や驚きを他者と共有していくことが本当にできるんだな…!と思って感動しました。
コロナのことがあり途中から集まりには参加できなくなった方もおられましたが、ご自身の場所で研究を続け、提出締切日に自由研究を提出してくれました。
その研究内容の素晴らしさもさることながら、物理的な場所は違えど「学びを追求する」という時間を共有できたことが本当に嬉しかったです。

 

私自身は「時間について」自由研究を行いました。
ここは正式な学術機関な訳でもないのだから自由に研究して好きなように文章にしてみようと思い、面白いと思った時間についての本や東洋哲学についての本から得た知識をベースに「時間から解放されることはできるのか」という問いのもと、時間を紐解きつつ時間が自分にもたらす苦しみについて向き合い、今の自分が感じる「解放」について5万字の論文を書きました(5万字は自分に課した意地でしたが読む方は辛いですね。笑)。

 

 

今でもこの自由研究がなにかの役にたつとも思えないし、「なんのためにやったの?」と聞かれても上手く答えられないですが、それでも「やってよかった」ということだけは自信を持って言えます。
大学卒業以来こんなに長い文章を書いたことはなかったし、抽象的で一見実用的ではない思考とこんなに格闘しながら自分の考えと向き合う時間を持てたことは、とても貴重な経験でした。さらに、この研究を読んで少しでも共感してくれた人がいたことだけで、本当にやってよかったと思います。
私に限らずみなさんの自由研究もそうですが、この研究の影響はたとえ今すぐに目で見えるものでないとしてもきっと必ずなにかの縁や印を刻んでいる気がしています。
いつかカレッジ以外の方にもぜひ共有できたらなとも思います。

 

次の「夏休み」についてはまだ具体的には決まっていませんが、こうした「一人ひとりが自由に学びながらゆるやかにつながる場所」は、残し続ける大切な場所なんじゃないかと一つの夏休みが終わった今、肌で感じています。
好奇心やもやもやを抱えた心のエネルギーを解放させる場所、どんな形になるかわかりませんが続いていけたらと思います。
(もしご興味のある方がいれば、ぜひ、よく胡桃堂にいる生本までお声掛けください。笑)

 

 

最終的にどうなるのか全くわからないまま始まった夏休みでしたが、人との出会いや偶然の重なり、驚く化学反応など、とても楽しく刺激的で、心が動く時間の積み重ねでした。
重ねて、こうした場所を可能にしてくださったお一人おひとりに本当に感謝しています。
大人になって、また新しい夏休みの過ごし方を知ることができました。
本当にありがとうございました!

 

生本 香澄

 

【カレッジを終えて】生本カレッジ(仮)|永島宏子

2019年10月から2020年12月まで、イクモトカレッジ(仮)でお世話になりました。

 

カレッジマスターの生本さんのおっしゃる「大人の自由研究」に魅力を感じ、みなさんと学びの時間を共にすることができました。

 

メンバーの皆さんとは、ほぼ初めましての状態でお互いあまり知らない間柄でしたが、月1度の交流の中で緩やかな関係性ができ、何を語っても受容していただけるという安心感が思考を豊かにしてくれました。

 

何をどんな形で発表しても良いということで、私は最終的に双子の子育て20年を通じて学んできたことについて探究を行いました。

 

正直、かなり個人的なことでこんなことをテーマにして良いか迷いもありました。

でも自分のコンフォートゾーンを超えてチャレンジできる場の力を借りて、実体験とそこから得たものをまとめて発表しました。

皆さんからの率直な感想や質問はとても嬉しかったです。

 

大人が忖度なしに、評価を気にせず、自分の興味関心を研究し発表し合える場が、自分にとってとても大切な場であることを実感しました。

 

生本さんがカレッジメンバーの主体性を常に尊重して、この場をキープしてくださったから、このような場が存在できたと、深く感謝しています。
身近に共に学び合える仲間と場があることの幸せ感じています。

 

今後もさらに継続させていきたいという気持ちでいっぱいで、次の学びの場をに向けて妄想が膨らむばかりです。

 

みなさん、是非ご一緒しましょう!!

 

(永島宏子)

【カレッジを終えて】夏休みが終わった! | たかだふみこ

隣を歩いていた人が肩をすくめて、
「冬がちゃんと仕事をしているね」とつぶやく。
そんな底冷えのする12月に、
「夏休みが終わった!」
「夏休みの宿題、何とか間に合った!」
と、『夏休み』の言葉が飛び交う生本カレッジ(仮称)(最後まで仮称も取れず(^.^))。

 

12月、ついに長かった「夏休み」が終わりました。
日々の中でおぼえる違和感や好奇心を「大人の自由研究」としてまとめることをテーマに集まったこのカレッジ。何をやっても、表現方法も自由。その自由さゆえに、メンバー全員なかなか研究が進まず、いつも集まっては、「何をやってもいいんだから、映像でやったら?」「音楽とか絵本にしてもいいよね」と話しはいつも楽しい発想に。

 

でも、さすがに宿題提出締め切り日(12月1日)の2か月くらい前になると、みんなの顔も引き締まってきました。宿題の提出は1日の0時までにFacebookグループに添付して投稿すること。
私は、0時少し前からスマホから目が離せません。
「あれ?〇〇さんはまだアップしていないよ!」
「△△さんは間に合うのかなあ」
「あ、アップされた!」
「あと二人!!」とハラハラ、ドキドキ、にやにや。
でも、後でそんなおかしなことをしていたのは、私だけではなかったことを知った時、このメンバーのつながりを改めて感じていました。
集まっても熱く語るでもなく、特にお互いに強い関心を持ち合うわけでもなく。
けれど、私にはいつもメンバーの心の静かな部分に、お互いの信頼と人としてのやさしさが秘められていたことを感じていました。何度心の中で「みんな優しいなあ♡」と叫んでいたことか。

 

12月3日、10日と二日間に渡り行われた発表は、内容も表現方法もすべて私の想像を超えた素晴らしいものでした。一人30分の発表時間ではとても足りず、もっと聞きたい、質問をしたい、意見を交わしたいという思いは、発表が終わった二日後にまたほぼ全員集まって長時間語り合う時間をもつことに。その成果は、生本カレッジ以外の方にもぜひ聞いてもらいたいと思います。

 

研究が終わってメンバーが口々に言っていたことは、「研究を進めているうちに、次にやりたいことが出てきた」「学ぶことを続けたい」「大変だったけど楽しかった!」
この思いを消さないためにも、このカレッジ、どんな形になるかわかりませんが、続けていきたいと思っています。

 

ちなみに、私がやったテーマは、中野から立川までの中央線の各駅と国分寺(駅)を対象に、歩き回って集めたたくさんの画像を使用して『国分寺の小ネタ集』としてまとめること。きっと、「遊びやユーモアを忘れずに」の趣旨に一番忠実に楽しみながらやったのは私だと思います(^.^)。

 

最後に、学ぶこと、自分の思っていたことを形にすることの楽しさに気付かせてくださった影山さん、生本さん、本当にありがとうございました。

 

「夏休み」が終わっても、また次の「夏休み」が始まります!

 

ついでに。
私、本当の夏休みの宿題は、最終日ではなく、最初の日にやってあとは遊ぶタイプです。

 

 

国分寺の坂と階段

【カレッジを終えて】12人のもやれる大人たち | 中村祥子

私が生本カレッジ(仮称)に参加して手に入れたのは、日常に紛れて無意識に流してしまいがちな"もやもや"に思う存分とどまれる「非日常のひととき」だったと思います。

 

もやもやをことばに置き換える作業は、その瞬間の自分と向き合い、他者とつながることで、自分一人ではたどり着けない思考の世界へ導かれていくような感覚でした。

 

コロナウイルスに翻弄された今年は、同僚との関わりさえ薄くなり、ますます募るもやもやもや…。自粛が明けてカレッジのみんなに再会したとき、このもやをちゃんとことばにできる自分でいようと思い続けることで、本を読むことや考えること、書き留めることをあきらめず、過ごせたような気がしています。

 

大人になると、仕事関係以外の新しい知り合いや多様な価値観に出会う機会から遠ざかってしまいます。学生時代よりはるかに社会の中でいろんな実践を積んでいるのに、自分の手の届く範囲内でこぢんまりおさまっているなんてもったいない。

 

偶然出会った12人の大人たちが、自由に問い、語り合い、卒業後もまた集まろうとしているこの豊かさ。非日常だった「問える場」「問いに向き合う時間」「一緒に学び合う仲間」の存在が、いつしか「日常」になっていくといいなぁ。

 

来年もひきつづき"もやれる"ことの幸せをかみしめている年の瀬です。

 

中村祥子

生本カレッジ(仮称)が、はじまりました!

こんにちは。
クルミド大学でカレッジマスターをしている生本です。

10/20(日)に、生本カレッジ(仮称)の初回授業がありました。
生本カレッジ(仮称)のテーマは、
「日々の中でおぼえる違和感や好奇心を探求する、大人の自由研究」。

初回は、
それぞれの志望理由や関心のあるテーマ、
テーマの種になりそうなモヤモヤした思いを
言葉にして共有しあう時間となりました。

初めて顔を合わせるメンバーですが
「自分も同じように感じていた」という共感と、
「そのテーマ面白そう!」
「たしかに、そういうこともずっと気になっていたな」
という発見があったのではないかと思います。

学びの進め方すら、何も決まっていない生本カレッジ(仮称)。
(本当に勇気あるメンバーが集ってくれました…!)
この1年間をどんな風に過ごし、
お互いの学びを深めていくかについても
ディスカッションをしました。

「他の人の研究内容も聞きたいと思うから、
毎回スピーカーを決めて発表するのはどうか」

「話したい時もあれば、話したくない時もあるだろうから、
最初から枠を決めずに、毎回自主的に発表者を募るのは?」

「いくつかのグループに分かれて、
雑談するグループもあれば、
テーマについて発表&質疑応答をするグループもあるのはどうか?」

「最初からやり方や枠を決めてしまうのではなく、
毎回『さあ、今日はどうします?』でも、
面白いんじゃないか」

「クルミド大学自体、新しい試みなのだから、
学び方すら、既存のやり方ではなくて、
新しく作っていくのがいいんじゃない?」

などなど…。

自分の問いに真剣に向き合う大人が集まり、
自分のテーマも、他者のテーマも、
お互いに学び、深めあっていく。
「他者のために学ぶ」とはどういうことか。
綺麗ごとの言葉だけで終わらせないように
どうすればその学びを何かしらの形にできるか。
言葉にできないモヤモヤや、
「わかりづらさ」から逃げずに
向き合っていきたいなと思います。

…という真面目な想いも持っていますが、
やっぱり「大人の自由研究」ですから。
遊び心やユーモアも忘れずに、
1年間の夏休みを過ごしていきたいと思います。

生本カレッジ(仮称)1期生の学びの場が
どんな木や森に育っていくか、
とても楽しみです。